「大阪」三大市場について byタクシー会社 未来都

「大阪」三大市場について 「大阪市中央卸売市場」 byタクシー会社 未来都

「本場」の呼び名で親しまれている中央卸売市場では、広大なスペースに魚市場や青果市場など

多様な食物取引場が集合しており、おびただしい数の仲介業者が店を連ねている。

その数およそ450店と言われています。まさに「大阪の台所」に相応しい規模と密度です。

セリにおいては、水産物は通常午前4時15分から、青果は午前5時から開始されます。

日本で2番目(1番は東京都中央卸売市場)の取扱高を誇ります。

セリの時間はわずか2時間程で、その間に2千数百トンもの食品が取引されます。

「大阪」三大市場について 「黒門市場編」 byタクシー会社 未来都

中央区日本橋にある黒門市場を知らない人はほとんどいないとおもいます。

それほどまでに有名になった最大の理由は、大阪の「食い倒れ」の最大拠点であるミナミを支えてきたのが

この市場だからと言われています。

同市場のHPで、「黒門市場の由来」を調べると、「古書『摂陽奇観』に『文政五年~六年の頃より毎朝魚商人、

この辺に集まりて魚の売買をなし、午後には諸方のなぐれ魚を持ち寄りて、日本橋にて売り捌くこと南陽の繁昌なるや」

とあり、この記述が黒門市場の起源だと考えられています。

※ここでいう「なぐれ魚」とは、「売れ残った魚」との事。

「大阪」三大市場について 「生野コリアタウン」 byタクシー会社 未来都

このような商店街が早くから成立したのも、生野区が日本一、在日コリアンの居住密度が高い地域だからだそうです。

在日コリアンの多住地となった起因は、日本の朝鮮支配にある。

生野区一帯はかつて低湿地帯だった為、大正八年頃から鶴橋耕地整理事業や平野川治水改修工事が開始され、

この工事要員として多数の朝鮮人労働者が徴用された。

そして大正一二年に、大阪と韓国の済州島を結ぶ直行便「君が代丸」が就航してからは、

多くの人が仕事を求め、あるいは肉親や親戚を頼ってこの地に渡ってくるようになった。

こうした歴史的経緯から築き上げ、支えてきたのが生野コリアタウンと言われています。